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アメリカンに映画を観る!--- 洋画見聞録

主にアメリカ映画・文化について書きます。たまに関係なさそうな話題も。

皮肉たっぷりに描かれるヒットマンの生活『ザ・キラー』

 

 デイビッド・フィンチャー監督の『ザ・キラー』をネットフリックス配信前に劇場で見た。マイケル・ファスベンダー演じる殺し屋がパリでの仕事に失敗したために自分の隠れ家にいたパートナーが襲われてしまう。そのカタをつけるべく彼は世界中を飛び回って問題の根源に迫っていく話だ。至ってシンプルな話だが、恐らく終始格好良くてアクション満載の映画を期待しておかない方が良いと思う。

 この映画がスタイリッシュなのは、これがフィンチャー印の映画なので当然ではあるのだが、主人公が仕事中にザ・スミスの楽曲しか聞かないというところが若干笑えてくるし、その音楽の使い方もジュークボックス的に気持ち良くキリのいいところまでかけてくれる訳ではなく、彼のナレーションが入ったり、カットが切り替わる度にイヤホンや車内から漏れ出る程度の音声に切り替わって、楽曲自体のグルーブには全く乗れない。恐らくこのギクシャクしたところが狙い目なのはよく伝わってくる。

 冒頭の舞台がパリで、しかも原作がバンド・デシネ(フランスのグラフィック・ノベル)と、ここまでフランス要素が連なるとやはり例えばジャン=ピエール・メルヴィルの『サムライ』などを想起してしまう。メルヴィルのクールさを表層的には踏襲していると言えるが、『ザ・キラー』で大変面白いと思ったのが、スタイリッシュさを犠牲にしてまで主人公の「仕事ぶり」を反復的に見せてくるところだ。彼が水を持参の折り畳み式カップで飲んで、シンクをアルコール消毒するところや、飛行機搭乗(彼はファーストクラスには乗らない、名目上はドイツの観光客だから)及び、その後のレンタカーを手配する場面は何度も登場する。

 また、彼が仕事を遂行する上で頼りになるのがジョン・ウィックのような闇組織の巨大ネットワークなどではなく、いかにも21世紀らしいハイテクだが凡庸なサービスであることだ。パリで標的を待ち構えるのは共有ワークスペースのWeWorkの一室だし、外に出て食べるのはマクドナルドだ。別の標的に先回りするために使うのはグーグルマップで、潜入に必要な道具はアマゾンで買ってしまう。彼は一介のサラリーマンでは決してなく、資産は潤沢にあるはずなのだが、それでいてストイックなところがこの映画に(妙な)リアリティを付与させている。

 そして、(ここからはネタバレあり)

黒幕に近づけば近づくほど、闇社会の一員としてはあまりにも期待外れな連中であることが判明する。最後に至っては標的を殺すことすらしない。『ファイト・クラブ』よろしく脅しの言葉だけを残してその場を主人公は去り、良くも悪くも日々はまた続いていくのだ。

 この映画は、21世紀のネオ・ノワールとして気楽に見るのが一番良いように思えた。本作に後期資本主義に対する鋭い批評性を読み取れなくはないだろうが、フィンチャー後期作でありながら、2時間以内に収まったタイトな作品であることを自分は喜びたい。