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アメリカンに映画を観る!--- 洋画見聞録

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『NOPE ノープ』 動物たちとスペクタクル

(ネタバレあり)

Nope: Jordan Peele unveils cryptic poster for his new horror film

 

 もう先月のことになったが、『NOPE ノープ』は待望のジョーダン・ピールの新作である。本作は『ゲット・アウト』(2017年)『アス』(2019年)に続く長編第3作である。端的に言えば、本作は動物映画であり、モンスター映画である。『ノープ』において、馬たち、チンパンジー、そして人食い宇宙生物、これらは皆「動物」なのである。地上での日常で触れ合う生き物と、空中に浮かぶ謎の存在とを、切り離して考えてしまうことこそが主人公たちの当初の盲点だったというわけだ。ジョーダン・ピール監督がインタビューにて、スピルバーグの『未知との遭遇』(1977年)のみならず、『ジョーズ』(1975年)に言及していたのはこういうことだったのか、と鑑賞後初めて理解できた。 

 「もし円盤が「船」でないとしたら?」という主人公OJのセリフに本作の最大の驚きが象徴されている。Youtube番組BLACKHOLEにて柳下毅一郎が紹介していたように、本作を理解するにあたって『何かが空を飛んでいる』は大変示唆に富む書物だった。本作に関連するところで言えば、そもそも根拠もないのになぜ我々はUFOを円盤であって、その中にヒト型の搭乗員が乗っていると思い込んでいるのだろうか。確固たる物理的証拠が残っていないのにもかかわらず、である。仮に「何かが空を飛んでいる」と誰かが言い出したとしても、それはまず1).本人の妄想かもしれないし、2).本当に飛んでいるものがあったとして、本当にそれは「何か」なのであって、それを的確に説明する言葉を本人は持ち合わせていないかもしれない。

 『ゲット・アウト』や『アス』では、その奇々怪々な世界に関する説明がある程度あった一方で、今回UFOに見えるものが実際は獰猛な飛行動物であったことについてのロジックが説明されることは特にない。ただ分かるのは、あの空飛ぶ「何か」が、人間をアブダクション(誘拐)したり、人類滅亡を企てようとしたりするのではなく、ただ空かせた腹(?)を満たすために捕食を続けているということだ。そこはSFの方に振り切っているのだと理解して、あまり気にはならなかった。

 クライマックスでは、撮影隊 vs. 空の怪物の激闘が描かれる。しかし、この撮影隊のチームプレイがカメラに謎の飛行動物を収めるという一点に集約している事実は、彼らが別段賢い決断をしていることではないことをまざまざと語っている。むしろ、スペクタクルの魔力こそが他の全てに勝る、ということなのだろう。あの空の怪物に、正しく畏れを抱いて対処することを実践したことで3人は生き延びる。

 当然、このシークエンス自体も相当なスペクタクルである。しかし、それこそが本作の強みだと言えるので、全てのスペクタクルを本作が否定している訳ではない。あくまでもスペクタクルという消費対象とはあくまでも「賢くつきあえ」ということなのだろう。また、スペクタクルと言ってもそこには「階層」があるようにも思えた。例えばジュープがかつて出演していたテレビ・ドラマや、自身が経営している西部劇テーマパークで行うショー(毎度馬一頭を生贄に捧げるショーで全く採算が取れるとは思わないが)と、OJと妹のエメラルドが力を合わせて撮影した決めての写真(オプラ・ショット!)や、本作におけるクライマックスとが、同じ「スペクタクル」という一語で括れるものでもないだろう。この映画の面白さを擁護するのであれば、少なくとも後者の「スペクタクル」の意義を肯定することにはなるだろう(し、それが問題だとも思わない)。

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