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アメリカンに映画を観る!--- 洋画見聞録

主にアメリカ映画・文化について書きます。たまに関係なさそうな話題も。

恐怖の報酬~アメリカン・ニューシネマ的ロードムービーとして観る

『恐怖の報酬』(英:The Wages of Fear、仏:Le Salaire de la Peur;1953年)を大分前に午前十時の映画祭で見た。

 

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 僭越ながら、その公式サイトで、学生レポーターの一員としてその際感想ないしレポートを投稿させていただいたのだが、そこでは触れていない結末部分に関する言及は出来なかった。ネタバレを辞さずにいうと、これは「アメリカン・ニューシネマ」であり、「ロードムービー」だ。

 ストーリーは、中米の町を舞台に、4人の男が、500Km先の油田で起こった火事の火消しのために、少しでも余計な衝撃がかかると大爆発を起こすニトロをトラックで運ぶことになるというものだ。(爆発でもって火事を消し止めるということらしい)

 いつどこで爆発するのかという極限まで高められたサスペンスとともに、しっかりと描かれる男たちのドラマが魅力的な映画になっている。

 

 この先はネタバレ注意!

  この映画が、「ロードムービー」であるのは、先ほどの簡単な筋の説明だけでも分かることだろう。自分が慣れ親しんできた町を出て、命がけで目的地を目指す。そこで、男たちは様々な試練を乗り越えていくことを強いられる。だが、それは壊れかけの橋や、トラック追突の危険など、外的障壁に限ったことではない。

 ジョーが実は臆病もので、マリオがそれに対する苛立ちを隠せない。パートナーとして団結すべきところで、二人の関係に亀裂が生じ始めたりと、問題は車内外でも尽きない。

 そういった意味でこの映画はロードムービーだと言ったのだが、これが「アメリカン・ニューシネマ的ロードムービー」だと言ったのは、「帰り道」がない、という点においてだ。

 基本、ロードムービーというのは、一度通った道をそのまま引き返すということはあまりない。あったとしても、何か登場人物の内面に大きな変化が生じたあとであるはずなので、その意味合いは相当異なってくるはずなのだ。

 アメリカンニューシネマで典型なのは、主人公の唐突な死である。その例に漏れぬロードムービーの『イージー・ライダー』(1969年)では、主人公二人は、その外見のせいで、唐突に南部の運転手の銃弾に倒れる。

 この映画もまさにそのパターンなのだ。(もちろん、こちらの方がアメリカンニューシネマの勃興よりも15年以上前なのだが)

 ジョーを失いつつも、油田へ無事ニトロを運び終えたマリオ。大金を手にしたマリオは喜びを抑えることができずに、無茶な運転をしながら崖をトラックで上っていく。帰りを待つ彼の恋人、リンダはラジオから流れるチャイコフスキーの『花のワルツ』にあわせて踊っている。そのリズムに合わせるように、トラックを左右にぶんぶん振りながら運転するマリオ。

 ここで、映画前半で、ラジオから音楽が流れてくると酒場で喧嘩沙汰になり、死人まで出ていたのが思い出されるだろうか。滅多に音楽が流れてこないこの映画。実は音楽は不吉な出来事の予兆となっている。

 よって、マリオは誤って崖から転落。即死である。彼の顔をアップで写して2時間以上もあったこの作品は幕を閉じる。フランス映画では決して驚くことではないが、極めて「アメリカンニューシネマ的ロードムービー」のエンディングとしても違和感のないといえよう。

 

 

 

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