(シーズン全体のネタバレあり)
マーベルのドラマで常に問題としてあるのが、最終話直前に駆け足で敵役の陰謀が明らかになり、大々的な最終戦へ突入していくという展開である。この「第三幕問題」(the third-act problem)とよく呼ばれる問題は、もちろん近年のマーベル映画及びドラマシリーズに対する批判点としてよく挙げられており、この指摘に関しては筆者も同意するところだ。
そこで『シー・ハルク』である。当初多大な期待を抱いていなかったものの、実際に見始めると良い意味でかなり肩の力の抜けたリーガルコメディだったことに気付いて、若干興奮気味に前半の感想を↓にまとめていた。
・『ワンダヴィジョン』の中盤まで夢見ていた、「小さな画面で視聴する形式の作品だからこそできるMCUドラマシリーズ」が今回は見られるかもしれない。映画館でしか見られないSF冒険譚の興奮と快感を、スマホやテレビでも見られるもので再現できるのだろうか、という問題は常にある。要するに、配信ドラマは配信ドラマの良さがあるのでそこは維持してほしい。
と上のように期待していたのだが、最終話を見るまではかなり不安であった。なぜなら、全9話から成るシリーズの第8話では、「黒幕」の正体が明らかになり、とうとう主人公ジェニファー・ウォルターズがシー・ハルクとして彼と対峙することがほのめかされ幕を閉じる。ここまでシチュエーション・コメディ(sit-com)として「一話完結」の形式を原則守り続けていた本シリーズは、またしても大バトルになだれ込んで終わるのか?
その予想は「半分」当たっていた。最終話で、不自然な形で、主要なスーパーヒーローたち全員が登場し、例の最終戦になだれ込む・・・準備が揃った後で、ジェニファーは「第四の壁」を破って視聴者に呼びかける。これで本当にいいのか、と。
こんな話の展開を許すことはできない、とジェニファーはDisney+の画面から抜け出し、ディズニースタジオに抗議申し立てをする。ただ、この世界においてマーベル作品を統括するケヴィン・ファイギに相当する人物はK.E.V.I.NというAIロボットであった!ここで自分が主人公の作品にツッコミを入れていく、彼女のメタ性が最大の効力を見せることになる。法廷ドラマなのだから、拳で始末をつけるのではなく、あくまでも悪者は法の裁きを正当な形で受けるべきだ、と弁護士としてK.E.V.I.Nを説得し、脱線してしまったプロットは元に戻る。そして、超人的な力を持つ弁護士として、そして一人の女性として幸せな人生を送ろうと奮闘するジェニファーは、デアデビルことマット・マードックとも再会を果たす。クライマックスに派手なアクションがなくともコメディとして成立することを示してこのシリーズは終わりを迎えることとなる。
そもそも無数の映画とドラマ作品で築き上げてきたこのMCUという庭でもっと色んなクリエーターが遊んでもいいはずなのだが、それが今まで許されてこなかったと言える。ここに来てようやく若干の余裕が生まれたことで、奇想天外な存在にあふれる世界で、伏線ではない単に荒唐無稽である物語を我々視聴者は楽しむことができるようになった。不満な視聴者も少なからずいただろうが、TV、あるいは配信ドラマとして落ち着くべき形式と秩序を取り戻した『シー・ハルク』は今年一の嬉しい驚きだったと思う。