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アメリカンに映画を観る!

主にアメリカ映画・文化について書きます。たまに関係なさそうな話題も。

ある一つの終わり エンドゲーム鑑賞後の所感 (ネタバレなし)

 一映画ファンとして常に興味を持つのは、一連の映画作品からなるシリーズないしジャンルの「終わり」だ。

 1969年公開の西部劇『ワイルドバンチ』は、時代遅れのアウトローたちの末路を衝撃的なラストのアクションシーンでもって描き切った作品だった。本作は当時西部劇という一ジャンルの終わりを告げるものでもあった。それはたしかに完全ではないにせよ、「一つ」の終わりではあった。

 X-Menシリーズのウルヴァリン三部作完結編である『ローガン』は、あるガンマンの象徴的死を通して西部劇なるものの終わりを暗示させる『シェーン』を明示的な参照点として設定することで、重厚な「近未来の西部劇」たりえた。X-Menの代表格であるウルヴァリンの最期は、X-Menシリーズの有終の美を飾り得ただろう。しかし、当然ながら後続作は控えている。一旦修正したタイムラインにおいて更なる敵が出現し、「最強の敵」のインフレーションに歯止めがかからなくなる。物語は「はしたなくも」続いていく。

 4月26日公開の『アベンジャーズ:エンドゲーム』は、間違いなくアベンジャーズシリーズ第4作目にして最終作である。これでもって11年間に及び、23本の映画から成る「インフィニティ・サーガ」は終わりを迎えた。しかし、映画あるところに人々の欲望は宿り、人々の欲望あるところに映画は宿る。既にスパイダーマン単独映画二作目である『ファー・フロム・ホーム』はこの夏確実に劇場にやってくる。マーベル映画も美しい終わりなどを迎える気はない。ただ「はしたなくも」続いていくのみだ。ともすると、この終わりなき世界で一つの終わりをかみしめるには、我々に多くの豊潤な体験を与えてくれたアベンジャーズに感謝の念を表すとともに、はっきりと別れも告げなければいけないだろう。