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「本当は怖い」インサイド・ヘッド

 最近、BBC Cultureの記事を好んで読んでいるが、その中でも特筆すべきだったのが、ピクサー作品における労働について論じている記事だ。

http://www.theawl.com/2015/07/the-pixar-theory-of-labor

 

 多少乱暴だが、端的にまとめると、全てのピクサー作品において、主人公は皆効率的かつ生産的な労働者になろうと必死に努め、そしてそれが最終的に成就するというプロットが成立しているという記事内容だ。

 たしかに、『トイストーリー』の場合、主人アンディに従順なおもちゃたちの直面する最大の問題は、彼らの”労働環境”の悪さに不平を唱えるというよりも、アンディに捨てられてしまうかもしれないという、要はリストラ問題なのだ。アンディが大きくなるにつれ、待遇は悪化していく一方だが、彼らおもちゃたちは「こんなとこ辞めてやる!」などと文句を言うような利己的な存在ではあらず、むしろそんなことを問題視すらしない、模範的な労働者たちなのだ。

 『ウォーリー』における主人公も、真面目なロボットとして、見渡す限りゴミだらけの広漠な地球に一人ほったらかしだが、彼はめげずにせっせとゴミ収集を延々と続けるのだ。

 ピクサー最新作の『インサイド・ヘッド』も例に漏れず、ヨロコビは働き続ける-ライリーの幸せが自らの幸せであると疑わず、年中無休で。

 この記事の恐ろしくもいい所を突いていると思ったのは、『インサイド・ヘッド』にはいわゆる敵がいないところだ。ベンチャー系の企業に転職し、なかなか新天地に慣れないお父さんや、それを影で見守るしかないお母さんの言動は、ライリーが笑顔であることを強いることになる(そして、それは無理だと娘は最後に言葉にする)。だが、良心は決して悪人として描かれていない。こういった「資本主義の課すプレッシャーに適応することは、成長することの一部*1なのだ。

 良き労働者になることは、ピクサー作品において、成長の先にあるもので、それは連綿と次の世代にも受け継がれていく、といった要旨の記事内容だが(かなり意訳しているところもあるが)、それは恐らくピクサー作品の製作側が本当に仕事熱心からなのだろうと邪推してしまう。以前テレビでベイマックスの製作過程を見たが、彼らの仕事場はたしかに楽しさに溢れていて、ぎすぎすした人間関係に苛ませることのない場所だったように見えた。

 そんな環境から生み出される作品だからこそ、怖すぎるほどピュアなのだろうか。少なくとも、前回のエントリーで書いたように、ピクサーの作品は映画館で観る価値のある映画ばかりなので、これからも頑張って欲しい。ただ、ストライキする主人公もたまにいてもいいのかもしれない笑 実は(もうお気づきの方も多いだろうが)、自己批判的なディズニー作品は、最近のトレンドなので、またそれについては、日本の昔話と絡めて論じたいと思う。

 

*1:Inside Out suggests that accommodating the pressures of capitalism is simply part of growing up