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タイタニック 徹底解剖!(前編)

 

 

            映画『タイタニック』はジェームス・キャメロン監督による1997年のアメリカ映画である。膨大な制作費が話題を呼んだことも人々の記憶に残っているであろうこの作品は、史上最高額の興行収入を記録した。そして、タイタニック号沈没という史実を設定として用い、男女のラブロマンスを描くスペクタクル作品となっている。今回は、相容れない二項対立をキーコンセプトにして論考を展開させていきたい。

1.男女というニ項対立

            まず、二項対立的に捉えられるものとして「男女」を挙げたい。本作中のヒーローとヒロインJackとRoseは、タイタニック船上で出会う。しかも、初対面の場では、Roseが身投げを試みようとし、それをJackが説得して止める。

   「死」というモチーフから、二人の関係は始まるが、最終的には二人は死別するという皮肉な結末を迎える。ここで、念頭に置いておきたいことは、タイタニック号の沈没に関してはその多くが史実に基づいているが、JackとRoseという二人の存在はフィクションであり、ジェームス・キャメロンの創作である。つまり、史実にそこまで左右されない分、彼の作家性が十分にキャラクター造形に関わっているはずなのだ。

         キャメロン監督の手がける作品では、非常にたくましく、フェミニスト的な女性が主役に据えられることが多い。そして、多くの場合において、彼女たちは逆境を乗り越えることに成功する。こうした点を踏まえると、Roseはキャメロンの好む「強い女性」の定型に当てはまる。まず外見から言えば、主演女優のケイト・ウィンスレットは凛々しい顔立ちをしているとも言える。彼女は、イギリスの貴族社会の課す因習的・階級的束縛に強い抵抗感を表していた。それは、彼女が政略結婚を拒んでいたという表面的事実や、コルセットを締められるのに不快な表情をしていたことからも明らかだ。その一方、Jack(レオナルド・ディカプリオ)は、まだ初々しい甘いマスクの持ち主で、彼にはマッチョなイメージは皆無だ。そして彼は無事にも沈没に巻き込まれることは回避したものの、低体温症により命を落とす。女⇔男の構造からすれば、男性側が敗北を喫したように取れるのだ。

2.階級というニ項対立

            第二の二項対立は階級だ。ここで、一つ問題提起をしたい。そもそも何故この物語は、見るものにとって悲劇的であり、また感動作としてしばしば謳われるのだろうか。一つの理由として挙げられるのは、それは観客は成就せぬ愛と共に、階級構造の打破の失敗という構造を無自覚的であれこの映画に見出すからだ。タイタニック号という船自体が、階級のピラミッドを如実に体言している。Roseのような貴族は上等な部屋で宿泊でき、船の全ての施設へのアクセスが許されている。その一方、Jackのような「貧しい」人間は、部屋も質素な二段ベッドのもので、団欒するところも船内に限定させられている。

            船が沈み、真っ先に葬られたのは、優雅にひと時を過ごしていた客には全く気づかれぬところで必死に石炭をくべていた労働者である。全体の被害を食い止めるために、目と鼻の先でドアを閉められ、迫り来る水に飲み込まれた者も数名いた。柵で上に上がることがなかなか許されなかったのも、労働者階級の客であった。対照的に、貴族の人間の中で助かった人間は少なくなかったようだ。Roseの母親がどうなったのかは明らかになってはいないが、自分の安全を最優先する彼女はボートには乗れた。そして、このストーリーで最も明快な「悪役」であったRoseの婚約者は、生き残ったのである(沈没事件に限っていえば、であるのはもちろんである)。そして、象徴的側面から言えば、イギリス=階級社会より出発したタイタニック号は、「自由の地」アメリカに決して到達出来なかったのだ。このように、階級間での不平等性がそのまま彼らの生死を残酷にも決めるクリティカルな要因となってしまっている。こうしてみると、男⇔女、持つ者⇔持たざる者とでは、乗り越えられない壁が、タイタニック号の悲劇を観る限りあるように思えてしまう。

  しかし、本当にその壁は最後まで崩れなかったのか?

(後編へ続く)

 

タイタニック論 徹底解剖!(後編) - アメリカンにアメリカ映画を観る!